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医療安全調査委員会新設への意見

 

医療事故調査 - 厚生労働省試案や自民党案ではダメ !!

私たち医師は、厚生労働省の「診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する試案 - 第二次試案 -」をもとにした自由民主党の「診療行為に係る死因究明制度等について」の制度化が日本の医療崩壊を決定づけてしまう恐れが強いため、これに反対します。

今考えられている制度では、次のような問題があります。
1. 科学的な調査で真実が解明されるということは期待できません。
2. 現在の日本の医療資源からは、この制度に充分なマンパワーも予算も割くことはできません。
3. 不充分な調査結果は、患者さんや日本に暮らす皆様と医療との間の不信という溝を拡大します。
4. 不充分な調査しかできないにもかかわらず、厚生労働省は強大な権限を手にします。
5. 医師は、様々なリスクを伴う医療の現場で、働き続けることができなくなります。

- 反対する理由、不充分な検討で医療事故を調査する制度を創設する危険性について -

はじめに

このたび、厚生労働省は「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」を開いて、「診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する試案 - 第二次試案 -」を作りました。それをもとに、自由民主党の「医療紛争処理のあり方検討会」が「診療行為に係る死因究明制度等について」という、医療に関わる事故で患者さんが亡くなった時に、それを調査する制度を作る考え方を公表しました。

医療に関わる事故で患者さんが亡くなることは、大変悲しく残念なことです。患者さん本人にとっては無念でしょうし、ご家族もつらい思いをされるでしょう。同時に医師もまた、患者さんを助けられなかった悔しさに打ちのめされるのです。

医療の中で起こった不幸な出来事について、科学的に原因を解明し、医学医療の発展と再発防止に役立てることを、患者さんやそのご家族はもちろん、日本に暮らす皆さんが望んでいると思います。そうすることで皆さんが医療に抱いている不信感が消え、医療への理解が深まり、医師と患者さんとの間の溝が埋まるでしょう。そしてそれが医療の発展、つまり皆さんの生命や健康のためになるのです。

しかし、考えられている「医療に関わる事故で患者さんが亡くなった原因を調査する制度」は、その理想とは反対に、いま問題になっている医療崩壊を決定的なものにしてしまうかも知れないと、私たち医師は心配し、反対しています。なぜでしょうか。

1. 真実の究明にならないこと

一つ目ですが、厚生労働省と自由民主党が考えている制度では、医療事故の真実を解明することがかえって難しくなることを心配しています。

医療の現場で、何か不幸な出来事が起こるとき、それは、それぞれの患者さんに様々な病気やけがの状態があり、そして医療現場の体制、医療の制度や政策、医学の水準など、様々な要素が複雑に絡み合って起こります。一人の医師が悪いから、劣っているから起ったとは言えないことが多いということを、皆さんによく知っていただきたいと思います。医師個人に原因や責任を追及しても、真実に迫ることはできないのです。

ところが、現在考えられている制度では、医療事故が起こったとき、医師個人の責任を追求し処罰を加えることも有り得ることが前提で調査することになっています。その処罰は、たとえば医師免許の停止や剥奪などの行政処分というペナルティや罰金刑や禁固刑といった刑罰であり、さらに患者さんやそのご家族が医師を訴えて損害賠償金を払わせるということも含んでいます。

医療では、確実な結果が得られるということは少なく、患者さんごとに起こっている病気やけが、治療の効果や得られる結果は様々です。予想できないことは、いつでも起こっています。医療に完全はありません。不幸な出来事が起こったとき、最善を尽くしていても、後から振り返ってみれば、反省できることはいくつもあるでしょう。

不幸な出来事が起こったとき、医師も苦悩し反省します。そして学習し次に活かそうと努力します。そのためには起こったことを正確に報告し、科学的に調査することが必要です。しかし、後から振り返って調査し反省したことが厳しい処罰につながるとしたら、不幸な事故が起こった現場から、正直な報告がなされなくなってしまうおそれがあります。

処罰を前提にしましたら、誠実な調査は期待できません。

2. 調査をする医師もいなければ費用もないこと

次に、忘れてはならないことですが、調査には医師が必要です。解剖を行い医療の記録から真実を見出すことを医師以上の能力をもってできる人がいますでしょうか。医師以上に医学や医療の技術、現場の実務に精通した職業の人はいますでしょうか。

ところが、現在の日本の医療は、医師や医療スタッフが先進国といえないほど不足していて、医療にかける国全体の費用はぎりぎり以上に切り詰められた中で、もう持ちこたえられなくなっています。今目の前にいる患者さんの医療だけで手一杯なのに、多数の不幸な出来事を調査する余裕はありません。調査のために必要な解剖を行う医師は全国に少なく、調査検討の実務を行う医師など、今はわずかしかいません。

現在考えられている制度では、調査する組織を厚生労働省の下に置くこととされています。しかし、薬害や年金の問題で見られますように、厚生労働省が行う調査には大きな問題が生じることがあります。

もし制度を作ったとしましても、働く人がいなければ、かけることができるお金もない中で、厚生労働省が行う調査が不充分で不完全なものになることを心配しています。

3. 医療に対する不信感が大きくなること

今までに述べましたことの結果、せっかく調査制度をつくっても不充分な調査にしかならず、真実は分からないままになってしまいます。患者さんやそのご家族が調査の結果に納得することはないでしょう。医療側にとっても真相が分からないままでは、医療事故の再発防止に役立てられることはありません。皆さんが医療に向ける不信感は強くなり、医療の現場は今よりももっと混乱してしまいます。

4. 役所の権力はものすごく大きいものになること

医療を治めている厚生労働省の力はものすごく強く大きいものになるという心配があります。

もともと、厚生労働省の仕事は専門性が高い分野とされ、法律によって大きな裁量が与えられており、それだけ国会の統制が及びにくく、国民の監視が届きにくくなっています。それに加えてこの制度ができましたら、制度を管轄する厚生労働省は、医師を調査し様々な形での処罰につながる力を一手に握り、今まで以上に大きな力で、医師を管理し支配することになるからです。

そうなりますと、医師が自分で勉強し、努力し、反省し、倫理観を高めていこう、よい仕事をしようという動機よりも、医師を統率する厚生労働省の強い力が医療を支配するでしょう。管理され束縛されるだけで自分の意思や努力が認められない世界では、志を高く持って仕事をする人はいなくなってしまうでしょう。

5. 医師が辞めてしまうこと

最後に、このまま制度ができますと、事故が起こる危険性が高い医療現場を辞めてしまう医師が増えることを心配しています。

憲法では、刑事事件の場合、「言いたくないことは、言わなくてもよい ( 黙秘権 )」という権利が保障されていて、これは基本的人権として世界各国で共通の考え方です。

この考えられている制度では、医師は、医療事故が起こったとき、自分に不利になることもすべて明らかにしなければなりません。この制度による調査の結果は、そのまま刑事手続にも使われ、刑事責任の追及につながっていく場合があるとされていますので、実質的には黙秘権という基本的人権が奪われているのです。

またこの制度では、患者さんが亡くなったとき、それが異状なら届け出なければならず、届出を怠ると処罰されます。しかしその「異状」とはどういうものなのか、充分に議論されておらず、はっきりしていません。

医療は不確実で、不幸な出来事は数多くあります。その場合に、何を届け出たらよいのか分からないままである上に、黙っていても、また調査に応じても、その結果により何らかのペナルティが加えられるかも知れないのでは、医師は安心して、自信を持って医療を行うことができません。

医師の日々の仕事が綱渡りのように危険で、いつペナルティを受けるかも知れないとなれば、だれも危険を伴う、結果が不確実な、そういう医療を行おうとしなくなります。新しいことに挑戦しよう、人命を助けるために危険を乗り越えよう、そういう精神は失われていくでしょう。

医師は、本来の使命である医療を行いたいという意欲も志も失い、そういう事故が起きる可能性がある医療の現場で働き続けようという医師が少なくなってしまいます。病状が重い患者さんの医療や新しい医療の技術は敬遠され、助かるはずの患者さんが医療を受けられないということにつながるかも知れません。それは、日本に暮らす皆さんにとって、よいことではありません。

まとめ

医療に関わる事故で患者さんが亡くなったり不幸な出来事が起こったとき、起こった出来事の科学的な解明が必要です。解明された結果は、医療での不幸な出来事の再発防止と患者さんやそのご家族、日本に暮らす皆さんの理解、納得のために活かされなければなりません。

その目的は、1) 医療を提供する側と受ける側の間の溝を埋め、軋轢を減らすこと、2) 不幸な出来事の再発を防ぎ、医学医療を発展させることといえるでしょう。そしてこれらのことが、真に日本に暮らす皆さんの生命、健康のためになるのです。

人体は神秘に満ち、医療は高度に専門的で、事例ごとに千差万別です。医療に問題が起こった時、その原因や背景は複雑です。
1) 医療事故の調査解明、
2) 再発防止策の検討と確立、
3) 不幸な出来事に見舞われた患者さんとご家族の支援、
4) 医療を受ける側の理解と納得を得ること、
これらのための制度や組織を、充分に時間をかけ、広く医療の現場からの意見を集約し、検討を重ねて作り上げていかなければなりません。

現在考えられている制度では、そういう理想にはほど遠いどころか、崩壊しつつある日本の医療の息の根を止めてしまうことを強く心配します。厚生労働省の「診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する試案 - 第二次試案 -」をもとにした自由民主党の「診療行為に係る死因究明制度等について」の制度化には、反対します。 

 

H20.1.15  全国医師連盟 設立準備委員会