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「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」に対する意見について

全国医師連盟は大綱案に対して反対のパブリックコメントを提出しています。

医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案を基にした法案の成立・制度化に「反対」します。

(前文)
 全国で拡がりを見せる医療崩壊の現実を前に、医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案を基にした法案の成立・制度化による医療崩壊の加速を憂慮しております。我々が、現時点で理想と考える医療事故調査制度との比較及び医療従事者の人権擁護の観点から、此処に医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案に対するコメントを表明させて頂きます。

(総論)
 第3次試案や第2次試案と根幹は同一であり、第三次試案でパブリックコメントを募集した結果が全く反映されておりません。最初から反映する気がないのなら、パブリックコメントとは何のためのものなのか?第3次試案と第2次試案は、表現こそ変化しているが、その内容においては殆ど同一で、この大綱案に関しても、第3次試案の法案化の一歩に過ぎず、法技術的にいくつかの修正を加えただけのものであり、賛同しえるものではありません。
 全体に懲罰的で、「責任追及を求めるものではない」と書いてありながら、「過失犯捜し」になっています。パブリックコメントでさんざん指摘された、 WHOガイドラインとの整合性も図った痕跡すら見当たりません。本当に「再発防止」を目的とするのなら、WHOガイドラインに沿ったものにするべきであり、遺族の怒りや悲しみを受け止めようとするグリーフケアのシステムとは切り離されなければ、死因および健康被害原因究明、再発防止という本来の目的は達成出来ません。
 刑事訴訟との関係も全く改善の跡が見られない。医療従事者が恐れているのは、「自分でなしえるベストを尽くしたにもかかわらず、刑事事件として扱われること」です。実際、福島県立大野病院の事件はまさにそれで、その場でなしえるベストを尽くしたとしか思われないのに、業務上過失致死で手錠をかけられるところをテレビ報道され、さらに裁判では検事に人間性さえ否定されるような求刑論告をなされています。この様な哀しい出来事に象徴される、多省庁にまたがるシステムや制度の瑕疵を防ぐ為の安全システム構築を目指したとはとうてい思えない内容になっています。厚生労働省や財務省をはじめとする多省庁が係わるシステムエラーを追究できるものでなければ意味がありません。何故なら、複数の識者が指摘するように、今の医療崩壊を招いた主たる要因として、国家的な展望に欠けた政策、すなわち「医療費削減政策」、「長期的見通しのない、場当たり的な医療福祉政策変更」の占める割合が非常に大きいと思われるからです。厚生労働省の法案大綱には、医療崩壊の最大の原因とも言える行政自体のエラーという視点が決定的に欠けています。医療安全調査委員会を何処に置くかによって、その権限が大きく制限される事を考えれば、許認可・処分権限を持つ省庁下に設置するべきものでは無いことは明らかです。
 医療安全調査委員会設置を定める前に、議論すべきことは、現行法の解釈論ではなく、医療に関わる法律をどうするべきかという法政策論であるにもかかわらず、大綱案は、現状の国民意識ないし現行法を、それ自体正当な所与のものとしているに過ぎず、妥当とは言えず、賛同できるものではありません。

各論
第4 所掌事務
 調査を事務の中に位置づけている点からして医療の実態との乖離を埋めようという意識の希薄さ、官僚支配を図ろうとしている意図を感じざるをえません。中央委員会にのみ、「実際にどうするべきか」を決める権限が集中しており、緊急性を要する勧告・意見が地方委員会から発せられない点は、第5に述べられている「中央委員会及び地方委員会の委員は独立してその職権を行う」という文書との間に矛盾を露呈しています。また、地域の医療水準、当該医療機関水準、医療スタッフの充足など地域格差が著しくなっている状況で、中央にのみ大きな権限を賦与することは、実情に即しているとは言えない誤った報告を導き出す可能性すら有しており、医療崩壊の拡大に繋がりかねないと考えます。
 更に、年間2000件に及ぶと予想されている届け出にどれほど対応できるのか。病理や法医学の人員の少なさを考えれば、とうていまともに機能するとは思えません。モデル事業でも期限内に十数件しか片付かなかった(もっとも恵まれた地域である東京で行ったにもかかわらず)という、法医解剖の実態を全く考慮していません。

第7 委員等の任命
 総論でも述べたとおり、医療安全調査とグリーフケアを混同した委員の任命をしようとしています。第7の1 において「医療を受ける立場にある者」を入れる必要がなぜあるのか。再発防止が目的なら、医療の専門家及びシステム工学(ヒューマンエラー解析という意味での)専門家、医療法の専門家だけでよいはずです。航空機や列車の事故調査で、被害者遺族や本人が同席するでしょうか?真相を解明するのに素人を入れて何の役に立つのでしょうか?そして医療事故調査委員会のモデルとなった航空機事故調査委員会では、警察が入ることで事故原因の調査に支障があり、また刑事責任追及に使うことを妨げないとなっているため、航空機会社などが原因究明に協力しないケースも生じています。ボンバルディア航空機の胴体着陸事故では、まさにこの問題によって真相解明が困難だったことは記憶に新しいと思います。これは、ICAO条約を相違通告無しに批准しながら、現行法制度を放置している行政・立法の怠慢によるものです。同じ愚を多くの国民の生命に関わる医療で繰り返すつもりなのでしょうか? 医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案の謳っているものは、WHOのガイドラインとの整合性がまったく考慮されていません。
 更に委員の任命に関しては、各種圧力団体・関係省庁などに影響を受けやすい人選方法が採られないように国会に於ける承認などのチェック機能の規定がされておりません。人事権の行使をちらつかせる形で調査報告へ圧力をかける可能性が排除されていない点で問題があると思われます。大綱案にあるような委員の任命法では、行政システム、立法の不備などに起因するシステムエラーの指摘は全く期待できないモノになります。

第8 委員の任期
 第8の3,4において臨時委員・専門委員は調査審議が終了したとき解任となっていますが、非常勤ということは普段は別の仕事があることが想定できます。調査する間はそれに専念しないといけないわけで、その間本来の仕事を補完するシステムについては何も記されていません。特に業務が集中することが予想される大都市では、次々と案件が出てきて本来の仕事ができない事も想定し得ますが、その間、代務を保障する方法が明記されていません。

第9 委員長
 第7の委員の任命の項でも述べましたが、行政システム、立法の不備などに起因するシステムエラーの指摘をも視野に入れた役割を期待する委員会でなければならない点を鑑み、委員長の選任は大臣に準じた天皇による認証を行い、権威付けを行うべきであると考えます。

第11 事務局
 事務局の内部組織を省令で定めるのは監督官庁を有することとなり、適切に行政システム、立法の不備などに起因するシステムエラーの指摘行うことを困難とする可能性がある。法律で規定し、予算も省庁とは独立して確保できるシステム(健康保険制度による運用や特別税による財源確保)をとる必要があると考えます。

第12 医療事故調査の趣旨及び実施要項
第12の1で「医療事故の防止を図ることを旨として」と明記され、再発防止を主眼におくならば、罰を設けるべきではないと考えます。むしろ隠す方にインセンティブを与えることになり、真相解明から遠ざかります。これはアメリカやイギリスの事例で明らかになっていることだと思います。

第17 医療事故調査に係る報告の徴収等
 医師法21条での届出に引き続く犯罪捜査においてすら、憲法38条に基づき、医師の黙秘権は絶対的なものとして保障されていました。具体的には、質問に対して回答を拒否できることと、質問に対して虚偽の回答をしても処罰されないことになっています。ところが、大綱案は、これらの絶対的な黙秘権保障を、実質的に剥奪してしまっています。現状では、犯罪捜査において警察官に対し虚偽の報告・陳述その他の回答をしても、容疑者たる医師は何らの法的責任を負いません。ところが、地方委員会の医療事故調査においては、その報告徴求・質問に対して虚偽の報告や陳述をすると、直ちに刑罰によって処罰されてしまう(第17の1の@〜B、第30 @-B)。これは、現行法には存在せず、大綱案によって初めて導入された刑罰です。また、地方委員会の医療事故における報告拒否や質問回答拒否に対して、大綱案は表面上、刑罰を課しておらず、この一事をもって、強制ではないと評したいようです。しかし、報告拒否や質問回答拒否は、実際は、別個の行政処分の存在によって、封じられてしまっています。大臣の届出命令・体制整備命令・報告命令・改善命令とその裏付けとしての刑罰がそれです(第32(5)の1- 4、(6)、(9)の1-2)。
 第17の1において、死亡現場に立ち入り禁止権限を持たせると言うが、範囲によってはその医療機関の業務が麻痺します。どこまで立ち入り禁止にできるのか?について何ら基準が示されていません。

第18 死体の解剖および保存
 第18の1 において「原則として遺族の承諾を得て解剖することができる」となっています。遺体は「何が起きたのか」を知るための最上の手がかりとなります。我々医療者にとって、病理解剖はいわば「治療の成績表」で、治療のどこが正しくどこが不十分だったか、死因が真に医療者の想定したものだったのか、生前に訴えていた症状の原因となったのは何かなどを知る手段となっています。まして「過誤があったのかどうか」という重大な問題について、解剖もAiもなしに、生前のデータやカルテだけで判断せよと言うのは、はっきりした死因も分からずに過誤の有無を追究するという訳の分からないことになります。そんな事をすれば水掛け論になる可能性が高くなります(もちろん解剖しても分からないと言うことはあり得ますが・・・)。解剖を拒否されてなおかつ過誤を疑う届け出があっても、本当の死因が分からない以上、そのような届け出は受け付けるべきでないと考えます。
 第18の2では、警察権が医療事故調査委員会の調査権限に優先することが分かります。警察が委員会に優先して捜査を行うなら、調査権を与えられても調べるべきモノはすべて警察に持って行かれ、何も残っていないということがあり得ます。なぜなら遺族が警察に届け出たとき医療事故調査委員会の調査を優先するという言質は、この法案のどこにも与えられていないからです。医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案における最大の問題点と考えます。
 そもそも、医師を刑事処罰する悪弊の根幹が、刑法211条1項に定める「業務上過失致死傷罪」の医療への拡大適用にあることは明白です。問題の根幹を避けて現行法および現行法運用の追認を続ける限り、医療崩壊の根本的な解決は難しいと考えます。

第25 警察への通知
 故意による死亡または死産の疑いがある場合・隠蔽や偽造の疑いがある場合は警察に届けるのは当然ですが、第25の2において「標準的な医療から著しく逸脱した医療」という表現には大きな問題があります。この文章で見る限り、「委員会が標準と認める医療から逸脱した場合」としか思えず、常に移り変わる医学医療の本態から見て、固定された標準というのがあり得ない以上、恣意的な基準と考えるしかなくなります。医療が萎縮する大きな原因になると考えます。
 そもそも、過失の本質には、予見可能性(予見義務、注意義務)を中心に過失を考えるか、結果回避可能性(結果回避義務、行為義務)を中心に過失を考えるか、という対立があり、「標準的な医療から著しく逸脱」というのは、後者(結果回避可能性)を中心に据えた過失論に立脚しています。不確実で限界も多い医療の特性を鑑みれば、結果回避可能性を中心に考えると、往々にしてそれこそ「結果論」で論じることになってしまう傾向が大きくなります。大綱案は、結果回避可能性を中心とした過失論を医療の世界に自ら招き入れる端緒となるものであり、著しく不当と思われます。
 また、届出をしなかった場合、医師法21条違反で逮捕されたり処罰されたりすることが、これまでも問題でした。担当医が合併症などで問題はないと考え「届出をしなかったらどうなるのか?」という事が議論されるべき設定状況です。大綱案の第33 によれば、検案医が病院管理者への医療事故死の報告をしなかったとすると、まず、医師法21条本文により、従前と同じく処罰されてしまいます。そして、それのみに留まりません。大臣より届出命令が下され、体制整備命令も下される(第32(5)の1)。届出命令および体制整備命令に従わないと、やはり刑罰により処罰されてしまう。(第32(9)の1)。報告義務違反の刑罰もあります(第32(9)の2)。要するに、現行は、医師法21条に違反しても、まさに医師法21条違反というだけでした。ところが、大綱案になると、医師法21条違反の逮捕・処罰は従前通りで、さらに、届出命令違反・体制整備命令違反・報告義務違反という刑罰も加わってしまう。これは今までの単独処罰を二重処罰に拡大強化するものであって、不当と言わざるを得ません。

第29 罰金
 第19の(2)に違反した者に罰則を科したことで、医療事故調査に関わる者の守秘義務を過度に課すことになっています。これでは、医学の発展に必要な症例検討などの研究が疎外されてしまいます。症例検討会などで発言しようものなら、たちまちこれに引っかかってしまう。症例検討会は医学医療の進歩に欠かせないものですが、すでに訴訟の弊害が起きていて、臨床系学会での「失敗症例の報告」が激減しています。さらにこのような罰則が加われば、臨時委員はうかつに症例を検討することもできなくなり、医学の発展に寄与する機会を封じられてしまいます。

第30 罰則
 医療事故調査における虚偽回答の処罰、大臣の行政処分による回答拒否の実質的制圧は、医師の黙秘権を実質的に剥奪することとなり、憲法38条の黙秘権保障を潜脱するものとして、不当であると考えます。したがって、行政処分を課することに基本的には賛成できません。
 もし、行政処分をする必要が有る正当な理由があったとしても、医療事故がシステムエラーだけでなく個人の重大な注意義務違反等も原因として発生していると認められ、医療機関からの医療の安全を確保するための体制整備に関する計画書の提出等では不十分と見做される場合に限って医療従事者個人に対する処分を検討するべきでしょう。また、その処分も、業務停止を伴う処分よりも再教育を重視した方向で実施するべきです。医療機関および病院管理者・設置者への行政処分については、医療の安全を確保するための体制整備に関する計画書の提出を命じられたにも係わらず提出をしない、また、計画書の提出はしたものの計画を実施しないといった悪質なケースにのみ適応すると言った、謙抑的な実施基準を設ける必要があると思われます。

第32 医療法の一部改正
 医療事故調査委員会の議論は、犯罪捜査の脅威を縮減することが第一の目的で、医師法21条の脅威を除去し、警察への届出から中立的第三者機関への届出へと改めるべく始まり、これが当初の目標であったはずです。しかし、大綱案では、行政処分権限の拡大強化ばかりが目立ち、網羅的な医療事故情報収集システムの整備と、新たな行政処分権限の創設とが突出してしまっています。第32の「医療法の一部改正」は、そのことばかりとなってしまっています。重要なのは、医療安全のための医療現場からの提案・改善システムの構築であって、行政庁の権限強化ではありません。この大綱案は行政改革の国家基本方針にも反する方向性を持つと考えます。医療安全調査委員会の議論に行政処分権限の拡大強化を紛れ込ませるべきではありません。大綱案による大臣の届出命令、体制整備命令、報告命令、改善命令等の創設は、不適切と考えます。
具体的に特に不適切な箇所を以下示すと、
第32の(2)の1、2及び4並びに(3)の1及び2の報告に関しての基準は(4)において○○大臣が定めるとしてしまい、合併症への対応について法文化されず行政の手に委ねてしまっています。医療による合併症は避けがたく一定の割合で起こり、それは致死的である場合も少なくなく、しかも予期しえません。しかし一定の割合では必ず起こるという意味では予期しているともいえる。この場合届け出る必要はあるのかないのか。これが刑事介入の端緒となっていることを考えれば、行政に委ねるこの程度の規定では心許ないと言わざるを得ません。
第32の(2)の3および(3)の2の示すとおり、24時間以内に届け出なければならないとなると、非常に短い時間で決断を迫られる。遺体の保存は現在可能なわけだから、24時間と区切る必然性はないと思われる。
第32の(6)の病院などにおけるシステムエラーに対する改善計画等での記載についても範囲が矮小化されてしまっています。システムエラーといっても、病院などのシステム改善だけですむものとは限りません。メーカーが改善を迫られるもの、行政自体の改善をしなければならないものなど、いろいろなレベルがあり得ます。この文面では医療機関内だけのシステム改善を考えているだけで、根本的改善につながらない勧告が出る可能性が大きいとおもわれます。

第33 医師法第21条の改正
 殺人による死亡など一般の異状死に医師が接した場合に、その警察への届出を刑罰をもって強制することには、現代において何ら合理性がないと考えます。つまり、応招義務(医師法19条)などと同じく、医師の倫理に任せれば十分であり、刑罰によって担保する医師法21条自体が廃止されるべきであると考えます。仮に廃止出来ない場合であっても、改正により改編又は追加し、「医師個人は診療行為に関連した死亡及び死産については届出義務を免れる」ことを定めるなどの対応が必要と考えます。大綱案はむしろ実質的に医師法21条を拡大強化してしまっている点で不適切なものとなっていると考えます。