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全国医師連盟による大綱案反対声明平成20年9月1日 

全国医師連盟は、先般厚生労働省より発表された「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」(以下大綱案)に以下の理由で反対します。

(1)大綱案に計画される組織では、医療事故の原因究明が困難となり、かえって事故被害者側の期待に反する結果となる可能性が高い。

(2)大綱案では、医療者に対する不当な刑事訴追を防止する仕組みが全く不十分である。

(3)大綱案では、医療に関連した民事紛争がかえって激化する可能性が高い。

 医療事故が生じた際、公正かつ科学的に、医療行為に関連する死や健康被害の原因究明がなされることは、医療従事者だけではなく、患者および多くの国民が望んでいます。これは、医療従事者と患者との理解を深める上でも重要であると考えられることから、我々も医療事故調査機関の創設を希望しています。

 医療行為に関係する不幸な出来事の原因究明が公正に行われるためには、専門家を中心とした第三者機関が行う必要があり、更に、その調査結果が医療安全の推進に寄与するという先進国としての国際的な使命に耐えうるためにはWHO(世界保健機関)のガイドラインに沿ったものであることが理想です。

 しかしながら、厚生労働省が作成した大綱案は、WHOのガイドラインに準拠することなく、医療従事者の懲罰・制裁を重視しており、原因究明を公正かつ科学的に行うことが難しいものとなっています。このような大綱案に沿って制度が作られれば、医療行為に伴う不幸な出来事の原因究明は机上の空論と化し、患者と医療従事者との間に大きな溝を作りかねません。

 更に、大綱案は、医療従事者の基本的人権への配慮に欠けているため、医療崩壊を拡大しかねない要素を含んでおり、到底、容認できるものではありません。

 例えば、WHOは、医療の安全のためのプログラムを策定し、調査報告と再発防止のためのガイドラインを定めています。そこでは、真相究明のため、関係者から正確な情報を得るため、1) 報告者を保護し、調査は処罰を目的としない。2) 調査は、再発防止と安全の向上のために行われる。調査結果は他の目的に流用しない。ことが求められています。根本的には、過失犯の刑事処罰が社会にとって有益であるかどうかという議論を踏まえたうえで、刑法209条、210条、211条の改正を視野に入れて議論することが必要です。

 一方、大綱案では、報告書は、刑事訴追や民事訴訟に利用されることが想定されており、これだけでも、正確な調査報告書が得られる可能性が低くなります。さらに大綱案では事故調査に対する虚偽回答への処罰や、質問回答拒否への行政処分が想定されており、実質的に憲法で保障された、黙秘権を剥奪されております。基本的人権である黙秘権を制限するのであれば、刑事訴追の限定化など、それに変わるリスクの軽減がなければ、証言してもしなくても罰が与えられる立場に立つ医師は、リスクある医療から立ち去るほかありません。

 先だって、厚労省は第3次試案のパブリックコメントを募集しましたが、その殆どが3次試案反対の立場をとっていました。また、多くの団体、学会の見解では、3次試案には大きな問題点が残っていることが指摘されていました。この様な状況で、多くの団体や学会の合意を得ているという情報を、間接的であったとしても、流布し法案化を図ろうとしている点は、政策決定の有り方の問題点を露呈したものと断じざるを得ません。

 また、現在、大綱案の対案として、民主党から「医療に係る情報の提供、相談支援及び紛争の適正な解決の促進並びに医療事故等の再発防止のための医療法等の一部を改正する法律案骨子試案」(通称「患者支援法案」)が公表されています。

 「患者支援法案」では、(1)医療事故死等の死因究明と再発防止は別組織で実施。(2)医療事故死等の第三者機関への届け出を制度化(全例届け出を求める)せず、患者の納得が得られない場合などに限る。(3)医師法21条は削除するかわりに新法を制定し、医療過誤を司法機関に届け出なくてよい仕組みにしたうえで、他の犯罪に関わる異状死体についてのみ警察への届出義務を残している。(4)「中・長期的課題」として、医師への刑事処罰を見直す方向性を打ち出し、「医療者による自律的処罰制度の進捗状況などを勘案しつつ、刑法における故意罪と過失罪の在り方や業務上過失致死傷罪などについて諸外国の法制度などを参考に検討し、必要があれば見直す。」としています。

 上記の方針は、事故の真相究明、再発防止の観点からは、大綱案よりも評価できるものの、患者家族の捜査機関への告訴・告発や警察・検察の独自捜査を端緒とする、刑事立件の制限が全く考慮されていないことが問題です。

 行政の結論誘導による拙速な医療安全委員会設置は、医療崩壊を拡大させる可能性が高いことから、我々は大綱案の根本的な見直しをするべきであろうと考えます。

 特に、福島大野病院事件や亀田テオフィリン事件に象徴される、昨今の、医療と司法をめぐる混乱の原因の多くは、医療裁判の鑑定システムの不備にあると考えられます。そこで、我々は、事故調査委員会が科学的で公正な調査を可能とするシステムを整備し、それを司法側が尊重できるシステムを構築できるよう提唱します。

 

参考文献

WHO. WORLD ALLIANCE FOR PATIENT SAFETY FORWARD PROGRAMME 2005.

WHO. WHO Draft Guidelines for Adverse Event Reporting and Learning Systems. 2005.